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宮谷八幡神社(千葉県大網白里市)御由緒・御利益・御朱印

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拝殿

こちらは左壁。

神仏習合の名残でしょうか?

火灯窓かとうまどになっています。

本殿

表参道

二の鳥居。

鳥居をくぐると左手に手水舎、

右手に社務所、

社務所の左手に御神木があります。

二の鳥居付近のなだらかな石畳が終わると階段が急になります。

この階段を上ると社殿にたどり着きます。

摂末社

天照大神

御祭神は天照大神。

春日大神

御祭神は春日大神(以下の四柱の神で春日大神と言います)。

  • 武甕槌命
  • 経津主命
  • 天児屋根命
  • 比売神(天児屋根命の妻)

 

こちらは右壁。

神仏習合の名残りである卍が書かれています。

裏参道

駐車場が裏参道側なので、階段を上らなくても参拝することができます。

御祭神

宮谷八幡神社

御祭神

  • 多起理比売命(たぎりひめのみこと)
  • 市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)
  • 田寸津比売命(たぎつひめのみこと)
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社格

郷社

創建

長享ちょうきょう2年(1488年)

御由緒

宮谷八幡神社の起源は残されていませんが、宮谷みやざくという地名から、古くからこの地に鎮座していたのではないかとされています。
記録に残っているのは、長享2年(1488年)、土気とけ城主・酒井定隆さだたかが土気城を再建したとき、城の鬼門除として長峰地区から現在の場所に移したものです。
永禄えいろく4年(1561年)、四代目城主・酒井胤治たねはるの命により、大網城主・板倉長門守ながとのかみが再建しました。
県文化財調査員・海老名雄二氏の所見によると、「柱や蛙股かえるまたなどに永禄の部分が残されているが、主として享保きょうほう(1716年~1736年)の頃の再建と見るべきであろう」と言われています。
風雨にさらされて老朽化が激しく、昭和58年(1983年)に大改修が行われました。小社は部分改修ですが、本社は一部古材を活かし、原型に忠実に復元されました。
社格は郷社で、大網神社と言われていた時期もあり、大網の総鎮守として大勢の人から親しまれ、大網白里市の指定文化財となり今日に至ります。

御利益

諸願成就

御朱印

参拝日(2020年10月27日)

  • 初穂料:300円~
  • 御朱印授与時間:神職在社時(事前の電話確認推奨)

※宮司さんは、東金市・大網白里市・山武市・九十九里町で36社の宮司をされていて、大変忙しいようです。八坂神社(東金市)に書き置きのご朱印があるのですが、その中にある八幡神社のご朱印が、宮谷八幡神社のものです。

⇒詳しくはこちら

アクセス

宮谷八幡神社(みやざくはちまんじんじゃ)

こちらが駐車場になります。

駐車場へは、県道83号線から入ります。地図の右手方面から来た場合、トンネルを越して左に曲がって坂を上がります(ちょうどトンネルの上が駐車場です)。

最後に

宮谷八幡神社は、令和元年の台風15号で甚大な被害に遭いました。

多くの御神木が倒れ、拝殿は雨漏りがひどくて畳が腐ってしまったそうです。

中でも春日大神は土台が崩れてしまい、いつ崩れるかわからないという状態で、今のところ応急処置でしのいでいます。

宮谷八幡神社は小規模ながら、社殿の彫刻等がとても立派で目を見張るものがあります。

1日でも早く神社が再建され、後世にその良さを残して欲しいです。

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